掲載記事は シュピンドラー千恵子の執筆により、
オートメレビューオフィシャルサイト「安全工学講座」に連載中です。
9) 2005年 リスクマネジメント時代への本格突入
~ 本質のリスクアセスメントとは ~ 【リスクアセスメント実践編:まとめ】
晴天が続く新春を迎え、年明け早々機械工業連合会や各工業会の新春賀詞交歓会が盛大に執り行われた。冒頭の経済産業省の挨拶には、日本企業のモノづくりに関するテーマを中心に、日本メーカーの設計製造拠点のアジアへの移転、それに伴うノウハウの移転、アジア諸国に対する技術教育の問題、そして機械類の安全確保といったキーワードが盛り込まれていた。
既にISO12100が機械安全の包括基準として指針通達は出されていたが、昨年12月20日にようやくこの翻訳JISB9700が発行されたのを機に、いよいよ今年は機械類の安全性について日本の関係者が共通認識を高め、安全確保が浸透していく年となると乾杯のグラスを片手に感じた。
中国などアジア諸国の製品安全関心レベルは日本のそれに比べて決して高いとは言えないかもしれないが、もともと独自の安全基準が乏しいアジア諸国では国際規格や欧州規格を機械的に国家基準として採用している国々も多くあるため、経験を重ねて規格解釈力や安全意識の向上さえ伴えば国際レベルで対応してくるだろうと思う。
日本メーカーは設計製造が他国にシフトするなかで、国際社会でいかに生き残るかを考えつつリーダーとして技術教育を与えながらも、彼らを教育できるに足る本質安全思想を築く必要がある。また機械類だけではなく電気機器においても、改定時期が迫っている欧州の低電圧指令の改訂内容では、バッテリー駆動を含む0V以上のほぼすべての製品に対するリスクアセスメント要求が盛り込まれている。時代はリスクアセスメントの本格突入の時代といえる。
私が声を大にして言いたいことは、製品のリスクアセスメントは企業の事業活動そのもののリスクアセスメントにつながるということである。ある機械メーカーの例では、安全性評価は、国内は顧客要求がないからまた法的罰則がないから対応しない、ヨーロッパは法的罰則を伴う規制があるから対応しなければならない、その他アジア諸国は強制規制がないから対応が必要になってから、といった具合に、必要に応じて機械設計を対応させている。
これは言い換えれば、操作する人が日本人なら安全対策なし、ヨーロッパ人なら安全対策あり、アジア諸国人なら言われるまで、ではアメリカ人だったら任意保険つきで出荷?ということになる。
製造者のとるべき姿勢は、法的強制・非強制に関わらず顧客に安全・安心な製品を提供するという、原則に立ち返った姿勢であり、まず製品の安全性立証を最優先すべきと信じる。当メーカーは長年の研究で最先端の技術を開発し、一躍業界に名をあげ、研究開発者として一旦成功したが、社会ではアインシュタインではなく製造販売業者である。昨今の安全に対する社会認識の変化の中で、残念ながら機械のパフォーマンス性だけでは流通はできず、企業としての発展は頭打ちである。
さて、機械の安全性を評価する手法として、筆者はこれまでISOやIEC、JIS適合などの公的規格をたびたび参照してきた。確かに公的規格に依存してリスクの低減を行えば、基本的な確認漏れもなく、一通りのハザード(潜在的危険源)の洗い出しや安全方策必要性の有無が確認できるので、適用規格として採用するには相応しく、グローバル対応が図れるといった点でその利便性を否定するものではない。
しかしながらこれら公的規格への適合は安全性の立証行為のオプションのひとつであり、それがすべてではないことを付け加えておかねばならない。公的規格は国内外のその分野に卓越する技術者や、学識経験者など多くのエキスパートの意見が時間をかけて開発されたものではあるが、規格自身の開発プロセスに相当な時間がかかり、昨今のニューテクノロジーの進展にキャッチアップできないという欠点がある。
これはハイテク製品であればあるほど著しく、目前の製品と制定された公的規格のギャップを埋めるため、また個々の製品が持つ製品固有のハザードにもれなく対処するためには、公的規格に企業独自の解析手法を融合させ反復して独自のリスクアセスメント手法を確立することが今後不可欠となるであろう。
これら公的規格の持つ長所・短所を理解したうえで有効に活用し、かつ規格でカバーされない潜在リスクを摘出できる能力をもつことこそ、将来のグローバル時代に即応するリスク管理であると強調したい。
(05年1月26日掲載記事)
